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北斗星



北海道出張計画!

5月のある日、北海道支社の人々に新しい仕組みの説明会を行わなければならなくなった。飛行機嫌い―――と言っても乗ったことが一度もないから本当に嫌いなのかどうかは定かでない―――の筆者が最初にとった戦法は「北海道の人々にこっちに来てもらう」であった。ところが、あっちの受講者3名、こっちの講師1名、という事実をもみ消すことが出来ず、お上から「オカネガモッタイナイカラオマエガイケ」とのおふれが出てしまった。普通の人なら喜びそうだが、筆者にとっては大事件である。そこから、「なんとか飛行機を使わずに北海道まで往復する手だてはないものか」という自分との闘いが始まった。
北海道に行く手段として考えられるのは、飛行機・電車・車・船・自転車・徒歩・遠泳のいずれかであろう(ローラースルーゴーゴー等の特殊小型アイテムは除く)。しかし、出張で使えるとすればやはり飛行機か電車にしぼられる。つまり、飛行機以外イコール電車ということになる。名古屋から東京までは大きく分けて2種類。新幹線か、ムーンライトながら(いわゆる大垣夜行だ)である。新幹線の場合、どんなにがんばっても東京着8時半頃であり、北海道支社での説明会を仮に15時からにしてもらったとしても、6時間半しかない。東京から札幌まで、どんな手段を駆使しても6時間半ではたどり着かない。大垣夜行は東京に5時前に着く。仮に6時頃の東北(あるいは秋田・山形)新幹線に乗ったとすると、9時間の余裕がある。しかし、新幹線で盛岡や秋田まで行ってから特急で札幌に向かったとしても、やはり15時には間に合わない。北海道に入ってからが長いのである。前日に有休を取れば可能だが、ちょうど説明会の日の夜が支社の花見にあたり、言うまでもなく筆者も参加予定であり、そうすると言うまでもなく次の日は有休となっていたため、さすがに前日は有休をとりにくい状況であった。よって、否応無しに前日会社を17:15に終わってからが勝負なのである。
ここでついに、避けては通れないひとつの電車(汽車?)が登場する。上野-札幌間を結ぶ「寝台特急北斗星」だ。いわゆる「上野発の夜行列車降りた時から~」のモデルがこれなのかどうかはわからないが、青函トンネルのおかげで今は乗り換え無しに札幌まで旅することが出来る便利な列車であり、これを使わない手はないというわけである(ちなみに、上野といっても伊賀上野のことではないから注意)。北斗星は上り下り1日3本ずつ走っており、上野からは17時、17時半、19時の便がある。会社は17時過ぎまであるのだからこれらの列車に上野から乗ろうと思ってもそれは不可能だが、例えば二つ目の列車の仙台入りは22時であるため、18:00名古屋発ののぞみ→19:30東京発こまち→21:30仙台着という裏技が成立すれば、乗れないこともない。乗り換え等を考えると少々苦しいが、三つ目の列車にすれば1時間半の余裕がある。仙台あたりで北斗星に乗ってしまえば、翌日の昼前には札幌に到着出来る。などと十津川警部並みの推理を働かせていた筆者であるが、ここにきて究極の大技「前日仙台出張計画」を思い付く。
計画の全容はこうだ。前日の朝8時に名古屋を出発、ひかり号で10時東京着、こまちで12時仙台着。午後説明会を行い、夜仙台を通る北斗星に乗って翌日11時に札幌着。完璧だ。参考までに旅費は飛行機よりも少しかかるが、それは筆者が少し残業をサービスすれば事足りる程度のものである。日程の決まっていた東北説明会を強引に変更し、準備は整った。

寝台特急北斗星で札幌入り!

さて、ついに当日。予定どおり新幹線を乗り継いで仙台入りを果たし、説明会もなんとか終了。仙台では暴飲暴食をしようとたくらんでいたため、北斗星は一番遅い23:30発のものを選んでいた。ところが、会社が終わってから23:00過ぎまで1人で飲み食いを続けるのはさすがの筆者でも無理であった。牛タン屋→餃子屋で既に力尽き、お嬢様特急にも出てきた定禅寺通りをぶらぶらし、仙台駅のホームで詰碁の本を読んでいた。遠足で心霊写真集を読む子供の気持ちが良くわかる。
そうこうする内、ついに北斗星が入線してきた。最も胸のトキめく瞬間だ。寝台特急というぐらいだから寝るための装備がついているのだが、貧富の差はここにも現れる。A寝台・B寝台など階級があり、中には「ロイヤル」などというすごいのまであるらしい。筆者が切符を買った時、切符売り場のおねえさんは何も言わずB寝台(一番安いやつ)を予約してくれていた。賤しい生まれは容姿にも出るのだろうか。外から見ても立派そうな車両が続いた後、普通の車両が筆者の前で止まった。中に入ると、さすがに皆さん就寝中なのか、静か&真っ暗である。自分の寝台を発見し、腰をおろす。B寝台の構造は1部屋4ベッヅで、上下2つずつになっている。普通のお宅の兄弟を例にとる と、大抵は力の強い兄が上を使用する(ウチもそうだった)。と ころが寝台列車の場合は違うようで、①ハシゴを使って登る時に 下の客に気を使う②大きな窓がない 等の理由で一階席の方が断 然人気があるようだ。切符売りのおねえさんの配慮によって筆者 も一階席をゲットしており、まずは一安心である。寝台の装備は、ちょっとした掛け毛布と枕。B寝台の庶民にぜいたくは許されない。お隣さんとの仕切りはカーテンであり、少し頼りないが、この布一枚によって居心地が格段に増す。筆者の隣の席は既にカーテンが引かれているところをみると客が就寝中のようで、あまりゴソゴソするのも悪いと思い、すぐに寝ることにした。
とは言え、筆者にはひとつ楽しみがあった。青函トンネルである。全長50数kmという世界一の海底トンネルを体験できるのだ。これを逃す手はない。仙台を出たらもう真夜中のため、ほとんど駅に停まらない。都はるみが降り立った青森駅でさえも通過である。「真夜中でもトンネル入ったらきっとわかるでしょ」と思いながらその瞬間を待っていたが、いつのまにか寝てしまったらしく、気付いた時には函館に着いていた。なぜかドラえもんの歌がどこかで流れているところをみると、どうやら朝になってしまったようだ。
朝になると、通路の補助椅子に座って景色を眺める人、朝食を食べに行く人などが現れ、やっと普通の列車っぽくなる。列車の朝食とはいかようなものか興味をそそるところだが、ついついしりごみして行くのをやめてしまった。悔いが残る。参考までに、夕食は乗車券を買う時に予約しないといけないようである。お隣さんはまだ寝ているのかいやに静かで、筆者も最初カーテンを開けずにじーっとしていたのだが、トイレに行くためそっとカーテンを開けると、いつのまにかいなくなっていた。
冒頭にも述べたが、北海道に行くのは普通飛行機である。それをあえて北斗星を使う乗客は、一体何者なのか。当初、若者がお金を浮かせるため、あるいはよっぽどの列車好きのいずれかであろうという推測をしていた。ところがいざ蓋を開けてみると、なんの変哲もない普通の夫婦とか若い女性が1人で乗っていたりとか、あまりこの列車に似つかわしくない人々も見られる。みんな筆者と同じ飛行機嫌いなのであろうか。
初めて見た北海道の景色は、雄大であった。武豊農村地区の比ではない。全然関係ないが、コルホーズとかソフホーズとかいう単語が脳裏に浮かんでくる。北海道に入ってからも5時間ぐらい走り続け、昼前についに札幌到着。5月だというのに桜が咲いており、微笑ましい限りだ。

帰りももちろん北斗星!

さて北海道支社での説明、そして花見も無事終了、強引に寮に泊めてもらって翌日帰りもまた北斗星である。週末で時間的制約がないため、今度は札幌-上野間完全制覇を目指す。
北斗星は1号から6号まであり、もちろんそれぞれ列車は異なる。帰りの北斗星は行きのものより列車や座席がキレイで、なかなかよかった。行きと違って帰りは夕方出発なので、カーテンで遮断しない限りお隣さんと顔を合わせることになる。今回のお隣さんは旭川に里帰りしていたというおっちゃんで、なぜか意気投合し、2人で宴会が始まった。実は列車に乗る前札幌駅でイクラ丼を食べたばかりで腹一杯だったのだが、件のおっちゃんのカバンからは様々なおつまみが飛び出してくる。思い出せるだけでもみつ豆の缶詰に始まり、らっきょ、黒豆、きびだんご、するめ、チョコ、こんぶ飴、ほていの焼き鳥缶詰等、まるで四次元ポケットである。「今お腹一杯だもんで」と言うと「じゃあ帰ってから食べればいいから持って行きな」ということで、四次元ポケットの大半のブツを自分の三次元カバンに収納することとなった。隣の人がどうであれ、とりあえずそういう出会いも旅の醍醐味のひとつである(忘れていたが、旅ではなく出張だった)。酔っ払ったために帰りも青函トンネルを見逃し、眠って朝になって昼になったころには上野に到着。あとは新幹線で名古屋に帰るだけだ。
かくして筆者の北海道出張は無事幕を降ろした。旅費精算では「もっと効率の良い方法で行くこと」と課長から大目玉を食らったが、人生効率だけではないのである。会社の規定にもちゃんと寝台車を使った場合の旅費請求のやり方が書いてあるところをみると、他の乗り物と全く同レベルであり、とやかく言われる筋合いはないのである。といいつつ、飛行機よりも旅費がかかっていることは一応内緒にしている筆者である。
さて、今回は春の北海道であったが、次は冬の北海道に行ってみたいものである。一度も行ったことのない方も、また行ったけど全部を回り切っていない方も、新たな北海道を見つけに旅をしましょう。もちろん、寝台特急「北斗星」で―――。おわり。