戻る



ハワイ



ホノルルマラソンに出馬表明!

陸上同好会会長「吟」の数年前からの執拗な誘いに屈し、ついにホノルルマラソンに出馬することになってしまった。今まで拒み続けてきた理由は①外国に行きたくない②飛行機に乗りたくない③42kmも走れん④社員旅行と重なった、といったところである。①は口が酸っぱくなるほど言っている「日本全国制覇するまでは外国など行かぬわー」ということであったが、これは11月のみちのく一人旅でついに全国制覇を達成。②も9月の宮古島ツアーで初体験を遂げている。③はまあ練習すればなんとかなることだし、④は工場栄転により、意に反して自動的に解消。というわけで、ハワイ行きを断る理由はなくなっていたのである。行くことが決まってからは毎日練習するつもりだったのに、練習したい時にかぎって仕事が長引いたり雨が降ったりお腹が痛いような気がして、結局何回かハーフマラソンに参加しただけで「練習不足&少々肥満気味」という状態で当日を迎えてしまった。
今回の参加者は吟部長、部員のウッチー、そして筆者。ウッチーと筆者は初海外である。12/9(土)の夕方に名古屋空港を発ち、時差の関係でその日の早朝にホノルル着。翌朝にマラソンを走り、月曜日フリーで火曜日にホノルルを発って水曜日夕方に名古屋着という5泊3日の予定だ。筆者は上野からバスで名古屋入りする予定だったが、ちょうどポルシェが退院ということで、車を引きとってそのまま空港入りした。いかんせん名古屋空港は初めて(宮古島や札幌の時は関空を利用)で、しかも国際線も初めてということでかなりまごまごしたが、人に尋ねつつようやく搭乗手続きを済ませ、いつしか他の2人も揃い、準備は万全である。腹が減ったので空港内のファストフード屋でラーメンを食べたがこれが殊の外旨くなく、「あ~、飛行機が墜ちてこれが最後のラーメンになったらやだな~」と感慨にふける筆者である。
今回のツアーはJALパックなので当然飛行機もJAL。初めて乗る日航ジャンボ機は予想以上にデカい。「本当にこんなのが飛ぶのー?」というありきたりの感想だ。定刻に名古屋空港を離陸。さすがに3回目ともなると、筆者も慣れたものである。離陸して1時間ぐらいすると、ごはんが出てきた。初機内食だ。スチュワーデス物語では堀ちえみが「chicken」の発音を「チキン!」と何度も練習していたのでやっぱり「魚にする?肉にする?」と聞かれるものと思っていたら、洋食と和食の二択であった。しかし残念ながら我々の手前で洋食が売り切れ、グラタンを食べたかった筆者はちょっとガッカリである。そばの苦手な吟部長も「むぅ~」と唸っていた(筆者が食べました)。しばらくするとすぐに「朝食でございます」といってパンとジュースが出てきた。時差おそるべし。夜だと思ったらもう朝なのである。空港で買ったチップスターなど食べる暇がない。飛行機は予想より早く、6時間半ぐらいでホノルル空港に到着した。

マラソン準備開始!

同じような書類を何枚も書かされたりパスポートを何回も見せたりと面倒な手続きを全て済ませ、ついに海外初上陸である。なんだか異国の匂いがし、心が躍る。しかも、あたたかい。っていうか、暑い!「こんな中明日走るの?」と思ってしまう。空港内のバスも3両編成で、「さすがアメリカ」という感じだ。空港からのバスでJALの会議室風の部屋に案内され、今後の予定などについて説明を受けた後、自由の身となった。まずは腹ごしらえだ。免税店ビル?にある食堂でちょっとしたものを食べたいのだが、メニューに何と書いてあるのかわからず(英検4級だもんで)、適当にたのんだら変なものが出てきた。
アメリカのお金はわかりにくい。お札はみんな同じに見えるし、硬貨も同じ色で同じような大きさで違う金額のものがあったりして、しかも日本のお金のように「10」とか「500」とか書いてなくて下の方に「quarter doller」などと小さく書いてあったりするため、瞬時に判定するのは非常に難しい。なんとかして欲しいものだ。というより、ハワイなんて日本人まるけなのだから、どこでも日本円が使えるようにして欲しいものである。次期大統領に期待しよう。
マラソンの下見バスまで少し時間があるので、そこらをブラブラすることに決定。吟の熱烈な要望により、ナイキの店へ向かう。筆者以外の2人はなぜか「サンダル忘れた」ということで、ナイキのサンダルを「26あります?」と日本語で注文していた。その後ビーチ横の芝生でゴロンとなって仮眠(これは気持ちよかった)をとり、昼は今回泊まる「シェラトンプリンセスカイウラニホテル」内の「桃山」という日本料理屋で天丼やら刺身やらを食べ(谷川真理が「マラソン前はナマモノ食べちゃだめ」って言ってたのに)、明日のマラソンのコースを走ってくれるというバスに乗り込んだ。バスで下見することによってコースの起伏などを把握し、レースに役立てる。はずが、飛行機内でよく眠れなかった我々はそれぞれ爆睡。ほとんどスタートとゴールぐらいしか覚えておらず、観光も兼ねたバスツアーを無駄なものにしてしまった。
さて、その後はやっとチェックインだ。我々の部屋は21階で、街の眺めはサイコーである(しかもちょっぴりオーシャンビュ~)。早速明日に備えてジョギングに出る我々。陸上部合宿の時とはえらいやる気の違いである。20分ぐらい走って、夕食では陸上選手御用達の「カーボローディング(直訳:炭素充填?)」をするためにスパゲティ屋に入った。これがまたヘンテコリンな店で、スパゲティはなかなか出てこないし、ビールは小をたのんだはずが大が出てくるわで、ナメられているとしか思えない。しかし英語で文句の言える者は誰ひとりおらず、悔しさのあまりまたビールを注文するのであった。煮え切らない我々は隣のタコス屋へハシゴを敢行するがこれまた怪しく、ドンタコスの味しかしないタコスを3つも食べさせられた。ハワイに疑惑の念を抱きつつ、明日のマラソンに備えて各自布団に潜るのだった。

ついにスタート!

ついにマラソンの朝がやってきた。朝といっても起床は夜中の2時。5時スタートなのだからやむをえない。おにぎりを食べてバスに乗り込み、スタート地点へ。「5時間ぐらいかかる予定の人はこの辺に並んでくださいね~」と一応区切られているが、「2時間」のところにどうみてもヘッポコそうなおばはんが並んでいたりして結構適当であり、我々ヘッポコ軍団(1人を除く)も2~3時間の場所に並ぶことにした。しばらくして、いきなりカワイ子ちゃんが「△△(某社名)の方ですかぁ~?」と尋ねてきた。我々は3人揃って「△△」の文字の入ったランニングシャツ(いつのまにか同好会で揃えてあったのだ)を着ていたため、バレたようである。筆者はそのカワイ子ちゃんを見て「アッ!」と叫んだ。知っている人だったのである。昔新人の時に業務支援で東京支社に行っていた頃知り合った(といってもこっちしか覚えていなかったが)「ミ~」こと京子嬢である。なんで「ミ~」なのかといえばムーミン谷のアレに似ているからであるが、実物(京子さん)はそんなにブサイクではない。彼女は最近結婚したダンナ(最近結婚したことまで我ながらよく知っているなあと思った)と来ているらしく、着用しているジャンパーの背中に「○○(ブランド名)」と書かれており、微笑ましい。お互いの健闘を誓い合い、また持ち場に戻った。
そうこうする内、車椅子のランナー達が入場してきた。その中にはパラリンピックで金メダルを獲った土田選手の顔もあった(我ながら女子の顔は良く覚えている筆者である)。彼らがスタートして10分後、佐々木大魔人の手によってついにスタートの号砲が鳴った(ホノルルマラソンは半分が日本人であり、やはり日本人を意識した抜擢だなあ)。ホノルルマラソンは人が多いため、後ろの方に並んだ人は43.195kmぐらい走らされると言われているが、我々はズルして前の方に並んだため、2分ぐらいでスタート地点を通過。花火もドドーンとあがり、ボルテージは最高潮である。スタートしてすぐに筆者とウッチーは離ればなれになった(吟は最初から一番前だが)。常夏のハワイといってもさすがに朝5時は涼しく、快調にトバす筆者。見慣れない景色なので走っていても飽きがこない。このレースにはトミーズ雅なども出場しているようだが、人・人・人であるため、誰かがいても容易には発見できないだろう。ホノルル市街から海のそばを走り抜け、ダイヤモンドヘッドの麓を越え、ハイウェーに乗る。このハイウェーがまた延々と続くのだ。いつのまにか朝日も顔を見せた頃、ハーフを通過。2時間7分。上野シティハーフマラソンでも2時間かかっていることを考えると、素晴らしいペースである。ハーフから先は未体験ゾーン。25kmを過ぎたところで体力が限界に達し、思うように足が動かなくなった。それでも3km毎ぐらいで設置されている給水所を目指して走る。30km地点の前後では走ったり歩ったりとなったが、ここまできたら気力である。30kmの通過タイムは3時間13分。なんという素晴らしいタイムであろう。しかし、我々にとってタイムは問題ではなかった。「完走」こそ、最大の目標なのである。帰りのハイウェーの長いこと。ハーフの地点で20分ぐらいリードしていたはずのウッチーにもどこかで抜かされたらしいがそんなことはどうでもよくって、もはや自分との闘いである。沿道では「グッジョブ!」とか「ルッキングーッ!」という声援がとび、筆者の背中を押してくれる。太陽もずいぶん高いところまで昇り、暑さも増してきた。道端で足をさすったりテーピングを巻く人も多いが、みんながんばれと思わざるをえない。ついに40km地点を過ぎ、残りの力を振り絞ってゴールまでのスパートを開始した。ゴールに近づくにつれて声援も多くなってくる。中には「△△がんばれ~!」と社名まで入れて応援してくれる日本人ギャルズもいる。スタートから4時間54分28秒経った今、ついにゴールの瞬間を迎えた。ゴール後に設置されたシャワーの中、我を忘れて「っしゃぁ!」と叫んでいた。
「達成感」とはこのことをいうのでしょう。ホノルルに来てからも少なからず緊張していたのか、「こんなに空が青かったんだぁ」とか「こんなところにハイビスカスが咲いてるぅ」とか、走り終わってからハワイを満喫できるようになっていた。「勇者の証」であるフィニッシャーズTシャツを3人揃って身にまとい、街を闊歩、いやノロノロと進む。

ようやくハワイ満喫!

「走った後はラーメンが旨い」という我々の御教訓のもと、昼食はホテルとカピオラニ公園の間にある「龍栄軒」に決定。走った後の割にはあまりおいしいラーメンではなかったが、チャーハンはさすがアメリカンサイズで腹一杯である。その後ウッチーはサンダルを買いに街へ繰り出し(昨日買ったナイキのサンダルが足に合わなかったようだ)、吟と筆者はビーチでゴロゴロすることに。宮古島の時もそう思ったが、同じ太平洋なのになぜこうも新舞子海岸と海の色が違うのだろう。まさか自分がヤシの木の立ち並ぶ海岸で寝転んでいるとは、何だか信じられない。夜は、吟部長の大学時代の後輩だというツチヤ君・ナントカちゃん(名前忘れた)と合流し、全員ダイダイ色のTシャツで完走を称えあった。夕食で入った店のマスターも「オーゥ、フィニッシャーハ2ワリビキネ!」と、本当かどうかはわからないが嬉しいことを言っていた。2次会では海の見える喫茶?でトロピカルなお酒などを飲んで酔っ払い、ウクレレの演奏に耳を傾けつつハワイの夜を満喫。酔っ払っても足の痛みは治らないが、それが完走した証でもあり、心地よい。
翌日は一日フリーの日だった。部長が怪しい業者に電話し、10ドルポッキリのハナウマベイシュノーケリングツアーに参加することになった。バスで昨日走ったハイウェーを行く。よくこんな長い道走ったな~と自分に感心する。途中からは、一度乗ってみたかったリムジンハイヤー(車長何メートルあるんだろ)に乗り込み、海を目指す。ハナウマベイは、美しかった。碧い海にさんご礁が広がり、シュノーケリンガーが泣いて喜びそうなスポットだ。砂浜も広く、昨日行ったワイキキよりも人が多い気がする。海は残念ながら少し干潮気味だが、透明度はさすが。魚も宮古島ほどではないが大きいのがウヨウヨしていたりして、面白い。借りたマスクがもう少し高性能だったらもっと奥まで攻めることが出来ただろうが、まあ仕方ない。昨日走ったばかりで心配された足も意外に大丈夫で、泳ぎまくって帰路についた。
お昼は兼ねがね行ってみたかった「天下一品ラーメンハワイ店」。店のおばちゃんは日本人ながらハワイ歴40年ということで、日本語もハワイ語もペラペラである。味は日本のものに一歩も引けをとらず、旨かった。そういえばトロリーバス乗り放題カードを持っているにもかかわらず一度も乗っていなかったため、早速近くのバス停から乗ることにする。トロリーバスは赤が観光用、青がワイキキ海岸用、黄色がショッピング用らしく、我々はひとまずカピオラニ公園でホノルルマラソン新聞を購入した後、黄色バスで周辺一周の旅に出た。バスの運ちゃんはアメリカらしく陽気な人物で、マイクで「次の次の次はDFSセンターでぇ~す」とえらい先のバス停の案内までしてくれたり、しまいにはそのマイクでラジオに合わせて歌い出してしまうなど、笑える。歩けば10分ぐらいの距離をうねうねと30分ぐらいかけてようやく免税店に到着。我々は思い思いに家族・会社・恋人・愛人・自分へのお土産を購入し、帰りにABCストアーでハワイ限定モーニング娘。下敷を買ったら筆者の残金は4.22ドルとなってしまった。

もう一度、必ず!

足も疲れたことだし、夜はホテル1階のバイキングに決定。筆者はお金がなかったので「お腹減ってないもんで。」と夕飯を拒否していたが、部長様が心の内をお察しになったのか「なんならオゴるっスよ~」と言ってくれたためやむをえず快諾、腹が減っていない割には肉やらなんやらをむさぼり食うのであった。ウッチーのご飯食べかけなのに下げられる事件や、舞台の踊り子ご立腹事件などもあったが全て事無きを得、最後は部屋に戻ってABCストアーで買ったバドワイザーで最後の夜を過ごすのだった。
ついに帰国の日が来てしまった。朝はハワイのどこかにあるという噂の「吉野家」を探したが地図にはなく、通りすがりのJALスチュワーデスも「知らぬ存ぜぬ」ということでやむなく断念、同じ日本生まれのMOSバーガーで我慢となった。何日か前に来た道をバスで戻り、空港へ。「飛行機とんでいませんように」という願いもむなしく、残念ながら名古屋行きJL083便は予定どおり運行である。飛行機はホノルル空港を離陸。ハワイがどんどん小さくなり、見えなくなった。機内のスチュワーデスさんが殊の外カワイ子ちゃんで少しトキめくが、それでも心の片隅の淋しげな思いは消えない。最初は異なる文化にとまどったハワイだったが、やはり離れるのは辛い、良い場所であった。9時間後、名古屋に到着。日本は寒かった。この寒さで身を引き締め、明日から仕事である。行く前は「ハワイは一度行けばもういいや」と思っていたが、ホノルルマラソンは予想以上に楽しかったし、ハワイ自体も良い雰囲気だった。できればもう一度行ってみたいものである。そしてその頃にはウッチーはおろか、ミ~・京子嬢や吟にも勝てるよう、今日から特訓する予定の筆者なのであった(といいつつ今日は忘年会なので明日からにしよ)。 おわり。