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アルバイト



岐阜県民の友人(群馬大学はなぜか東海地方民のるつぼであった)と、関東地方では通用しない「運送屋?」「うん、そうや」という基本的な小ネタを交わしつつ、市内の中野輸送(仮名)の門戸をくぐる。ここは従業員5、6名、トラックも5、6台という、青ナンバー取得ギリギリのモグリに毛が生えたような実にこぢんまりとした会社で、首都圏でも良く見られる「MOVING」と赤く描かれたトラックを所有していることからそれ関係の傘下に入って暗躍する小団体であると予想される。まあバイトを雇うぐらいなのだからそこそこ儲かってはいるのだろうが、一応マチ金でつまんでいないか確認したくなるたたずまいである。
さて、中野輸送は「店で客が買った持ち帰れない商品の配達代行」「通信販売の商品配達」「引っ越し」等、物の輸送に関することにはだいたい絡んでおり、バイトの仕事としては主に「配達する商品の仕分け」「配達・引っ越しの補佐」であった。しかしみなさんもたぶんそうだろうが、「モチはモチ屋」のことわざどおり、引っ越しといったらやはり引っ越し屋に頼むのが世の常というものであり、我々の仕事はほとんど「配達」なのである。
商品の仕分けは我々バイトにはわからない部分が多いので、「あれ取って来い」と命令されて運んでくる、あるいはトラックに積んだ商品に毛布を掛ける(別に商品が「寒いからなんか掛けて」と言ってきたのではなく、キズがつかないようにするためだ)といった地道な作業が続く。
仕分けが終わったら早速配達に出発だ。トラックの助手席に座り、ラジオの毒蝮三太夫のダミ声を聴きながら目的地へと進む。
高校生時代に野球の遠征で相手の高校が見えて来るととても嫌な気持ちになったものだが、配達も同じであった。到着したら働かなくてはならないのだ。
荷台から商品を降ろしてお客さんの下へ運ぶのはバイトの仕事である。何事もなく行って代金もらって帰って来れればよいのだが、マンションの5階まで行きながら留守だったということもしばしばあり、やり切れない。軽い物ならまだよいが、「物干し竿の土台のブロック」なんてものをお買い求めのお客様までいて、骨細の筆者にはかなり辛い(お持ち帰りで買えコノヤロー)。
まあそんな悪いことばかりではなく、「草津まで1個届けに行っておしまい」という回もあったりして、やめられない(会社の作戦かも知れんけど)。
この会社には、ヤな人間がひとりいた。忘れもしない、岸田(仮名)という男である。
彼からは的確な指示がなく、その上すぐ「バキヤロー!」と怒鳴り散らすのだ。「バカヤロー」ではなく「バキヤロー」なのが気になって仕方がない。
バイトがその日誰のトラックの助手席に乗るかは運転手のご指名で決まるため、隅っこで小さくなって指名を逃れようとするのが我々に出来る唯一の手段だった(指名料取るぞコノヤロー)。
ところでこのバイトでの一番の想い出は、バイトの時間外に起こった事件である。その日ついつい寝坊してしまった筆者は、駐車場が無いと知りながらも車で会社まで行った(普段は自転車)。「なんとかなるやろ」と思っていたもののやはり会社に駐車場はなく、周りを散策した結果「停」という標識の立っている広い一通道路が裁判所の裏にあったのでそこに停車(駐車?)して会社へと向かった。さてバイトも終わり、おそるおそる車に近づいてみると「前橋警察署」と書かれたダイダイ色のチェーンがしめ縄飾りの位置にしがみついていた。「はう~」とくよくよしながら前橋警察署へ向かい、警察署の門へ右折するところでまたしても事件発生、直進してきたバイクをハネてしまったのだ(ハネたっていってもこっちは右折待ちで止まってたんだけど)。110番もしていないのに集まって来た警官による現場検証が始まり、ダイダイ色の付いたカリーナ(当時の愛車)は「とほほ」という感じで途方に暮れていた。くよくよ運転の恐ろしさはウドンコの産業道路事件でも立証済みだが、気を付けたいものだ。
さてバイトの方は2回目の給料をもらった時点でどうでもよくなり、「や~めたっと」といってやめた。
次はラーメン屋である(いつまで続くんだ?)。ひとまず、おわり。