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アルバイト



数年前まで「平成景気」とかいうえらい長い好景気が続いていたが、その反動からか知らぬが現在えらい不景気に見舞われている。筆者の実家のそばに住んでいる喜一っつぁん(通称「たんぼのおじさん」)は「今までが異常だっただけで、今ぐらいがちょうどいいんだがん」と言っていたが、確かにそのとおりかも知れぬ(彼はたんぼのおじさんのくせに小難しいことをよく知っている)。しかし、ミツカン酢と並んで知多半島最大級の規模を誇る我らが会社とて既に屋台骨が傾ぎつつある昨今、ただ指をくわえて景気の回復を待ちわびるのはあまりにも危険であり、いざという時に生き長らえる術を用意しておくべきである。そこで今回は、ピンチになった時の参考になればと思い、筆者が今までに体験したアルバイトについて語ってみよう(いつになく強引な展開)。
筆者が生まれて初めてやった記念すべきバイトは、某大手家電製品販売店の販売員であった。この店のやり方は少々エゲツなく、例えば新聞広告に「超特価5台限り!」と出した掃除機があっても「午後になったら、もう5台売れたことにして普通の値段で売ること」と命令されていた。午後ったって、店開くのが10時だからお値打ちなのはたったの2時間だけなのだ。ひどい話である。
筆者が担当して初めて売れたのがオーブントースターであり、購入いただいた奥様には涙を流してお礼を言ったものだ(いや本当に)。店内にはありとあらゆる商品が並び、変わったところでは「酒かん器」なんてものまであったりして、商品知識の乏しい筆者は「あー、よく吸い取りますよ~」とか「よく冷えますよ~」とか適当な対応で客を丸め込んでいた。
そんな中、ひとつの法則を発見する。「客は店員の薦めたものを買う傾向が強い」ということだ。おそらく店員の一言で安心するのだろう。そこで筆者は、とかく在庫が余りがちな台湾製の「パナティアン扇風機」を売りまくることに決め、冷蔵庫を見ている客にまで「あの扇風機いいですよ~」と声を掛けたりしていた。パナティアン扇風機は思惑どおり飛ぶように売れ、愛着が湧いたせいか筆者自身も欲しくなり、店長に購入の意思を伝えると「これ、熱持つんだよね~」とあっさり告げられた(早く言え)。しかし「まあ人を涼しくするんだから反動で熱ぐらい持って当然」と自分を丸め込み、二束三文で買った(今も部屋で稼働中)。
ある日、そんな平和な店内に緊張が走る。丸ボーズの「ヤの付く株式会社員風の方」がおみえになったのだ。店員は全てオーディオの隅に隠れ、逃げ遅れた筆者が捕まった。彼は「若けぇ者に買ってやるんだぁ」と言って少し小さめの白い冷蔵庫を注文したが、こういう時に限って在庫が無く、おそるおそる「ピンク色しか無いのですが~」と言うが早いか言わぬが早いか「ピンク~?オレぁ男だぞォ?」と予想どおりお怒りになってしまった。しかし彼はかなり位の高いお方なのか叫んだり暴れたりせず、筆者捨て身の「現品限りの品お持ち帰り」のススメを快く受け入れて嬉しそうに帰って行った。筆者の今までの人生のハイライトであったといえよう。
ところで、この地区は他に3つのライバル店がひしめく過当競争地帯だったため、「隣ではもっと安く売っていた」などと申告してくる客が後を絶えず、値段の交渉は熾烈を極めていた。「この商品は、客の申告次第ではこれだけ引いてよし」というものが各商品毎に決められていたのだが、売値率がバイト代に反映されるわけでもなし、また友人と「いくら売れるか競争」を密かに行っていたため、「ちょっとぐらいマけてでも売っちゃえ」的風潮が高まり、高額な商品をかなりの安値で横流しする日々が続いた(お客様満足)。ところがある日、ちょっと目を離した隙に自分の客が他の店員に交渉中の値段を漏らしてしまい事件が発覚、しかも採用時の面接で「土日もOK」と言っときながら一度も出勤しなかったことが店長の怒りに触れたらしく、即刻解雇となった。解雇されたからといって悲しみを回顧している暇はない。次はすかさず運送屋のバイトである。電器屋だけでかなりイってしまったので、続きは次号にしよう。それでは、ひとまず。さようなら。